白百合監護院

先日，電車に乗ったときのこと。

この時期は受験生を募集する進学ゼミの
広告が車内に溢れている。

｢ １生に１度の」｢ 闘いぬいた思い出」
｢ ラストスパート」「 勝ってから泣こう」
｢ 学歴はＳＮＳに残る時代 」という文字も。

進学ゼミの広告なのに，学力の意味，勉強の
意義を説くような文字が１つも見あたらない。
14歳, 15歳の子供たちに｢ラストスパート」も
ないもんだ。

立川駅から若い母親と幼稚園の制服を着た
女の子が乗ってきて，私の隣りに座った。
かわいらしい女の子は「ねえママ，お夕飯は
なあに？」と訊いて脚をぴょんぴょんさせる。
でも母親は，ご機嫌斜めの様子である。


母親
｢ ミカちゃん。ママね，あなたがメダルを
もらえなかったから，とっても残念なの 」

女の子
｢‥ ごめんなさい 」

母親
｢来週のお絵描きゲームで，必ずメダルを
もらうって，ママに約束してちょうだい」

女の子
｢ うん‥ 」

母親
｢ともこちゃんがメダルをもらって，
ミカちゃんがメダルをもらえないの，
くやしいでしょう？」

女の子
｢ . . 」


あーあ。かわいそうにねえ。母親は小言を
ぶつぶつと５分ぐらい続けたあと「 明日の
幼稚園の練習」として,「レモン，やかん 」
と言いはじめた。


女の子
｢ メロン 」

母親
｢しんかんせん」

女の子
｢ . . りぼん 」

母親
｢ボールペン，ペリカン」

女の子
｢ きりん 」


ああ，なるほどね。「ん」が最後に
付く単語をお互いに言いあうわけだ。


母親
｢げんかん，しんぶん」

女の子
｢ ‥ 」

母親
｢アイロン，ピーマン」

女の子
｢ ‥ 」

母親
｢にんじん，だいこん。. . どうして
ミカちゃんは答えられないのかしら」

女の子
｢ ス‥ スイカン！ 」


女の子は鈴のように笑いだした。
かわゆいなあ。しかし母親は，なんと
マジギレである。


母親
｢スイカでしょう？どうしてスイカに｢ン」が
付くの？おかしいでしょ？間違ってるでしょ？」

女の子
｢ ‥ 」


おいおい。スイカンでいいんだよ。
むしろスイカよりもスイカンのほうが
甘くておいしそうじゃねえか。スイカンで
意味が通じないような八百屋はな，八百屋
失格だっつうんだよ。


母親
｢『ン』が最後に付く言葉って, たくさん
あるでしょう？ どうして練習してるのに
ミカちゃんは覚えられないのかしら」

女の子
｢ ごめんなさい‥ 」


謝んなくていいんだよ，ベイビー。
小さいうちから「ン」が最後に付く
言葉なんてたくさん覚えたら骨が弱く
なっちゃうからね。


母親は電車の窓を見ながら，今度は
｢この電車，スピードが遅いわねえ」
と言いだした。

女の子
｢ 遅いの？」

母親
｢これ，快速電車なのよ。それなのに. .
ほら，窓から外を見てごらん。お隣りを
走ってる黄色の電車と並んでるでしょ」

女の子
｢ うん 」


母親は「黄色の電車は各駅停車なのに。
快速電車が並ばれるなんて」と怒る。


女の子は少し考えてから，こう言った。
｢たぶんね，ママ。快速電車も，いつも
急いでるから疲れちゃったんだよ」


ああ . . 癒やされるなあ，この子には。
セラピー効果があるよね。ようし。俺，
明日は仕事するのやめよう。


ところが。


母親
｢あなた，なに言ってるのよ。快速の
電車が遅かったら意味ないでしょう 」

女の子
｢ ごめんなさい‥ 」



快速電車が遅くたっていいじゃねえかよ
このタコ女 ！ おまえは機関車トーマスに
説教してもらってこい！！



電車が新宿駅に到着すると，女の子は
母親の手を握って座席を立った。


母親
｢ 小田急で買っていくものある？」

女の子
｢ ぱりぱり麺 」

母親
｢ じゃあ，それ買って帰ろ 」

女の子
｢ うん！」


電車を降りる２人の後ろ姿を見送って,
ため息。 私の前に座る初老の会社員も
同じように, ため息をついてました (笑)。